2017/11/04 09:16

あくまで予定ですが11/6月曜日テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」8:00-にエゾシカの話題が取り上げられるそうで、

専門家の立場から解説を依頼されたので、説明させていただきました。
主に、雪とエゾシカ、塩分とエゾシカについてです。
前者は、個体群の増減に大きく影響、後者は、植物の消化と栄養状態、繁殖子育て初期成長、群れの分布定着行動に大きく影響するものです。
編集にはもちろん関与していないので、あとは番組をご覧いただければ幸いです。
場所は、日本最北端の街 稚内のエゾシカです。
以下の図は参考まで。番組終了したら、もう少し詳しく解説いたします。
ということで、
日本で最北の地がまるで「奈良公園」のようになっているという報道の補足です。
ここ10年くらい目立つようです
警戒心が低いようです
春から秋に多いようです
交通事故や家庭菜園被害などがあるようです
おそらく触れられていませんが、マダニの密度はかなり増加しているはずです
その1  塩(ナトリウム)
この稚内の半島部は真冬は風も強くトドマツ エゾマツ アカエゾマツなどの常緑針葉樹が少ないので植生的にはもう少し別の場所で越冬している可能性があります(下記の衛生画像でいうと針葉樹は色の特に濃い森林部)。同じような針葉樹が多い網走の半島の画像と比べてみればすぐに分かります。
淡い緑色はほとんどが牧草地。

一方春から秋に多いのは、まず市街地に近いので銃による駆除が行われにくいこと=安全、子育てに絶対必要(大きな理由は授乳)な塩分が内陸部より簡単に得られる(海水を飲むか植物に付着した潮風の塩分)、牧草などの餌を得られること(この先あまり過密になると草の餌不足になるかもしれません)、そして塩分がある場所(臭いで見分けているわけではない)というのは鹿の記憶に確実にインプットされ、かつ親子群れなどで代々情報共有がされるので、メスを中心に確実に毎年春に戻ってきます。群れるメリットはそういう点にもあります。内陸部で子育てする場合、このエリアでは恐らく家畜の堆肥場に大きく依存していると思いますが、海岸部の方が楽に得られます。オスも塩分は必要ですが初夏に集中し、メスよりは少なくて済みます(なので今まで鹿がいなかった内陸部で最初に見られるのはほとんどがオスです)。大きなオスが多い時期はむしろ繁殖期の秋に安全かつメスが多くいる場所である(侵入)という理由が大きいかもしれません。







その2 雪の影響

そもそも冬がもっとも厳しいと思われる最北の地ですが、それは人間側のイメージであり、実はエゾシカには好適な環境です。
沿岸には宗谷暖流も流れています。
また、海岸エリアというのは風が強く雪が積もりにくいという特徴もあるので、春先に雪どけ早く新芽が芽吹きます。
一方、同じ道北エリアで内陸部に入ると、北海道の中でも1番鹿にとって都合が悪い越冬場所になります。
一例をあげると、100km南下した音威子府という赤い囲みの場所です。

さらに同じエリアでも過去と現在で様相が変化しています
稚内の過去50年以上のデータです 1番右は平年値。
まず鹿にとって積雪の影響というのは、最深積雪深よりも、年末にドカ雪が降り、そのまま春になってもなかなか融けない状態が
長く続くことです。積雪が2mになっても1週間で消えてしまえばエゾシカはほとんどダメージありません。
50cmくらいの根雪ならエゾシカはササなどを掘り起こせますが、70cmくらいになると餌を探すのも掘るのもエネルギーがどんどん浪費され、蓄えた脂肪は減少し、やがて餓死してしまいます。
エゾシカの冬期の主食はササの葉で、冬の間ササを数か月食べていても死ぬことはありません(栄養価は問題ないが、採食量が少ない場合は痩せる)。もともと以下のモデルは、自然死亡の話以前に、阿寒湖畔で樹皮食いの発生メカニズムを調査している過程で作り上げたものです(http://www.nacsj.or.jp/pn/houkoku/h09/h09-no06.html)。1990sの道東の知床、阿寒、摩周、屈斜路などの山岳越冬地(主に国立公園の保護区)は著しいニレを中心とした樹皮食いによる枯死が生じていました。しかし、冬期の生息密度だけでは、樹皮食いの発生や規模は説明がつかず、積雪量を介したササ食い⇔樹皮食いおよび長期の樹皮食いが生じると同時に起きる餓死(樹皮はほぼすべて栄養価が低い、消化も悪い、採餌効率も悪いため)と連動するため、さらに地域的な違いが全道レベルで見ると大きいため、以下のようなモデルとなった経緯があります。
まず70cm以上の積雪状態の日数=棒グラフの高さについて、子は50日くらい耐えると弱い子から死にはじめ、100日くらい耐えて生存出来る子は20%くらい。夏に牧草と塩分を十分に摂取して成長が良好な個体が生き残ります。早生まれの方が有利です。なので海岸部で子育てする方がいいのです。この100日というのは、1月から3月までが90日なのでこの間は70cm以上の積雪状態ということです。残り10日間は、ドカ雪がクリスマス前に降るか、4月の雪どけが遅いかのどちらかです。最近の傾向は前者です。
100日過ぎるとメスの親や若いオスも死にます。大きな繁殖オスはその中間です(繁殖時に体力を消耗しているため)。
これを、「エゾシカの自然死亡の推移(推定)と積雪パターンの年変動」として稚内を図に示すと以下のようになります。
棒グラフ100日のラインは鹿が急減するライン、棒グラフが高いほど、しかも連続するほど、積雪で淘汰されやすく、子が死ねば増加が抑制され、メスの成獣も死ねば減少に転じます。
稚内周辺の鹿は100年以上前に絶滅しかけた(ほぼ地域的に絶滅した)ので1960s-80sころは、鹿の個体群も小さいはずです。
さらにメスは死ななくても、子が死ぬような気象条件(棒グラフの数の多さ)が重なり、鹿の被害や目撃は少なかったわけです。
ところが1990s以降はこの積雪パターンが大きく変化します。
棒グラフの数が減少してますよね。同じ最深積雪深でも、前述のとおり棒グラフの高さは同じにはなりません。この状態が連続すると、子が生き残り、また孫が生まれ、母集団が次第に大きくなります。
母集団が大きくなるまでには、鹿の場合1回1子の出産なので時間がかかります。
10年前ころから急激に被害を実感している稚内ですが、実はそのさらに10年前、20年前に準備期間があるのです(マグマがたまって噴火するのと同じイメージです)。
母集団がいざ大きくなると、例えば10頭が20頭になるのに4,5年かかるものが、1000頭が2000頭になるのも同じ時間で起きてしまうので、捕獲を多少しただけでは手に負えなくなるのです。よく鹿が現れただけで被害が出るぞと大騒ぎする場合がありますが、突然増えるわけではないのでご心配なく。

鹿に都合が良い稚内のグラフ(青い楕円の期間は鹿が増えやすい条件)に、1番条件が悪い音威子府のデータ(赤)を重ねると、こんなに違います。
つまりエゾシカが増減するのは、広い北海道を見渡すと、積雪パターンが様々なので、地域的な違いについても同じ年でみても10年単位でみても
随分違います。
私が1990年代に最初にこのモデルを作る調査をしていた阿寒湖畔の上記の例は、これらの中間型の積雪パターンを示し、年変動が非常に大きく不安定な地域となります。阿寒湖畔でも鹿が急増する前には、この棒グラフの低い年が数年連続し、大量死した年は100日のラインを超えるような年です。
現在は道内主要25カ所については既にモニタリング出来ており(http://npo-hokkaido.or.jp/pdf/20170424sekisetsu_pt.pdf)、現場に行かなくても大体このグラフを作るだけで、想像ついてしまいます(クマで言えばどんぐりの豊凶と出没予測みたいなものです)。増加だけでなく、明治時代に絶滅しかけたような大雪と大量死、乱獲防止にも対応できます。これは、持続的な資源利用上も重要なのです。
しかも、データ処理は全道1日で終了します。
仮にいつも現場に行かないとわからない(ただし100%完璧で普遍的な理論というのはなく例外がないかどうかの確認や改良は必要、例えば大型のチシマザサが多い場所、傾斜地が多い場所、鹿の小型化が起きている場合)、ハンターからもらった膨大な捕獲データを延べ数百数千時間お金も人も費やして集計して、ようやく1,2年後の計画に反映させることが出来るというような管理の仕方では、スピード不足予算不足に陥ります(生息・捕獲情報の集計は必要なので行わないといけませんが、それだけでは不十分ということです)。もしそれでも十分というならば、1998年からエゾシカの管理計画が稼動しているのですから、現在の稚内のような状態にはなっていないはずです。
でも実際は、違うわけです。予算が足りないとかハンターが減っているというのは簡単ですが、そのようなことは想定内として、その前提でどうすればいいのかを捻り出す必要があるのです。そこで重要なのは、スピードとコスト、さらに楽であることです。
このようにエゾシカの個体数や被害を道内まんべんなく管理したいのであれば、この理論を捕獲と組み合わせて考えない限り、無駄な税金を延々と費やしたり、きちんと活用されずに殺すだけを繰り返すことになります。

あとは、捕獲方法
現状麻酔は鹿の警戒心を上げずに間引ける方法として最適ですが、有効活用されずに無駄死して廃棄されてしまいます。
現在は優れた無人の囲いわな装置で昼夜問わず生体のまま捕獲し、可哀そうですが(ゴミにするよりはマシ)きちんとすべての部位を活用して
感謝していただくという技術や方法もあるので、段階的に組み込んだ方が良いでしょう。

鉱塩と誘引に関するもの
北原理作・竹下千代恵・行場未緒・平岡裕二・平野浩司・相馬幸作・鈴木悌司・増子孝義. 2016. エゾシカによる鉱塩利用の季節変化と誘引材としての可能性(1). 畜産の研究, 70(9):671-678.

北原理作・竹下千代恵・行場未緒・平岡裕二・平野浩司・相馬幸作・鈴木悌司・増子孝義. 2016. エゾシカによる鉱塩利用の季節変化と誘引材としての可能性(2). 畜産の研究, 70(10):753-759.

北原理作・行場未緒・竹下千代恵・大矢恵里子・林 茂樹・高倉 豊・小松輝行・鈴木悌司・増子孝義. 2016. エゾシカのナトリウム要求性~供給源と役割に関する考察~. 畜産の研究,70(11):855-865.

北原理作・遠藤 明・後藤和之・渡邊靖行・平岡裕二・広島 学・増子孝義. 2016. 無雪期の牧草地における鉱塩を用いた捕獲用囲い罠へのエゾシカ誘引技術試験(1). 畜産の研究,70(12) :951-957

北原理作・遠藤 明・後藤和之・瀬口正幸・渡邊靖行・平岡裕二・増子孝義. 2017. 無雪期の牧草地における鉱塩を用いた捕獲用囲い罠へのエゾシカ誘引技術試験(2). 畜産の研究,71(1) :23-28

ちなみに
私がよく使う誘引材は、鉱塩セレニクスという家畜用の鉱塩 5kgで1500円くらい(4個入りで6000円くらい) 全国の農協で購入出来ます。昔から畜産で広く使われているもので、運搬も楽、長持ちします。
http://www.zenoaq.jp/product/pd-7112.html

追伸
音威子府の2017.12の積雪は1985 1987 1998年の12月と同レベルですでに12/7 3:00に142cm、全国1位になっています。
過去の傾向から積雪期間(70cm以上の日数)は約5か月150日に達する可能性があります。
2月に入れば子ジカの餓死個体が見られるようになるレベルです。成獣個体にとっても約20年ぶりに厳しい年になる可能性があります。

案の上です↓ コスト感覚が無い仕組みは税と時間の無駄になりますし、命も無駄になります。
2020.2.21
朝日新聞

吹き矢でシカ捕獲、コスパ悪くて断念 肉も食べられず

北海道稚内市は、市街地のエゾシカ対策として3年前に採り入れた麻酔薬を使った「吹き矢」捕獲を断念した。すみかと見られる裏山での冬の一斉捕獲も少雪続きで効率が悪く、休止を決めた。新年度は独自に小型囲いわなを買い、新たな捕獲体制で臨むという。
・・・・・
吹き矢は銃を使えない住宅地や公園などでの有効な捕獲方法として採用。17年度に3頭、18年度に15頭、19年度は27頭を捕獲した。だが、麻酔薬を使うため、専門業者へ委託しなければならず、捕獲したエゾシカも食肉としては活用できなかった。